「ニャイト・オブ・ザ・リビングキャット」のようなパロディ作品が作られるほどに、ゾンビ映画はメジャーな存在になりました。「ゾンビ化する社会」(以下、本書)はゾンビ映画を社会の写し鏡として語る一冊です。

人間は、ゾンビ映画から危機管理を学ぶ
本書は脳科学者の中野信子と「ゾンビ先生」としても知られるメディア研究者・岡本健の対談集です。動くはずのない死者が動いて人間を襲う内容のゾンビ映画。80年代から人気が出てきたその世界観をもとに、なぜ人間はゾンビ映画に惹かれるのか、の問いから始まる人間と社会の仕組みを読み解いていきます。
その理由の一つとして「終末ものを好む人たちのほうがパンデミックや災害に対して(中略)適切に対応できる」(本書22ページ)とあり、つまり創作物から危機管理を学んでいる傾向が見られます。いわゆるパニック映画の一つであるゾンビ映画でも同じことがいえるでしょう。
ゾンビ映画が消え去った時代
先に述べた通り80年代にブームとなったゾンビ映画も、90年代には一旦下火になっていきます。そこには(特に日本で)現実に起きた数々の事件が創作の模倣、もしくは凌駕する内容であったことが関係していました。それは同時に未来への希望が見いだせない時代に突入した、ともいえるでしょう。
90年代に制作されたゲーム「バイオハザード」が映画化された2000年代以降は、映画だけでなく漫画やドラマでもゾンビをテーマにした作品が増え、90年代に社会への期待が失われた後の「再生の基軸を探して模索の時期」(本書96ページ)を象徴するコンテンツになっていきます。
ゾンビになるのも、案外いいものだ
そもそもゾンビは明確な意思を持たず、人間を食らうなどの単純な動機だけで行動していると定義されています。それを恐怖する一方で惹かれてしまう理由として「責任のなさや、次世代を生み出す必要のなさ」(本書115ページ)、いわば人間社会を生きる難しさからの逃避を見出しているのでしょう。
社会常識を守り波風を立てずに生活を送ることは、すなわちゾンビのように思考停止して生きるに等しいのかもしれません。それは「意外と脳は考えたくない」(同152ページ)人間のスペックに根ざすものですが、さりながら人間は変化を求めてしまう性質も持っており、生きていくうえで厄介な問題がここにあります。
人間の限界と、終わりなき日常からの逃避
そんな矛盾をはらんだ人間が(今のところ)滅んでいないのはなぜか。それは「変化した日常に対してどう対応するのかを考えたりすること自体がエンタメになる」(本書225ページ)能力が備わっていることに起因するのでしょう。それを補うようにゾンビ映画などのエンタメが必要とされ、供給されているのはある意味健全といえます。
「生きづらい時代をサバイブする」の副題どおりこれといった破滅を迎えないまま、終わりなき日常を生きなければならない現代。それはゾンビたちがまん延する世界よりもマシ、とも言い切れません。ただ、社会の写し鏡であるゾンビ映画を手がかりに、本書で社会と人間の限界を知るのは無駄ではないでしょう。
「ゾンビ化する社会」中野信子・岡本健 著 KADOKAWA 1760円(税込)