「未来少年コナン」や「機動新世紀ガンダムX」など、世界を滅亡させるほどの大戦後に新たな秩序を生み出そうとする側が敵となる世界設定はアニメでも珍しくありません。「すばらしい新世界(新訳版)」(以下、本書)は圧倒的な想像力で描かれた未来世界を舞台にした小説です。
その世界はユートピアか、ディストピアか
本書はジョージ・オーウェル作「一九八四年」と並ぶディストピア小説の代表作です。本書が「一九八四年」と違うのは絶対的支配者が社会を管理するのではなく、世界的な大戦の後に完全な幸福を実現した社会を舞台にし、一見ユートピアと見まごう明るいトーンで語られる部分です。
本書の冒頭、「中央ロンドン孵化条件づけセンター」の作業説明で語られるのは、人工授精とクローン技術を用いて生産される人間と、その段階における処置により等級づけがなされる絶対的な階級構造、そして完全にレジャー化された性。さらに断片的なセリフの羅列によりこの世界の輪郭が浮かび上がります。
ふしぎの国の野人
適度な労働、豊富な娯楽、多少ストレスがあったとしても副作用のない薬物「ソーマ」を服用すれば夢見心地に…社会に適応すればこれ以上の幸福はないと思われる新世界。しかしそこから少し外れるだけで地獄と化すのもこの世界の実情であり、身体的なコンプレックスを抱える上級クラスの青年・バーナードの存在がそれを体現しています。
また新世界にも旧来の価値観で生活する人々がおり、彼らは「野人保護区」に隔離されていました。そこに暮らしシェイクスピア全集を唯一の文化として保持する青年・ジョンは、観光に来たバーナードと接触します。(新世界から置き去りにされた母親から聞かされたこともあって)彼は憧れの新世界に赴くことになり、物語を進める役目を果たします。
空を自由に飛びたいな、「はい、タクシコプター!」
100年近く前に書かれただけあって、本書の未来描写にコンピュータの存在は見受けられませんが、それ以外の科学技術はリアリティある描写があります。本書でよく見られる「合成音楽」はデジタルミュージックを思わせ、「感覚映画」は現代の4D上映をさらに進歩させたものでしょう。
本書における新世界での移動手段は「ヘリコプター」とされていますが具体的な機体描写は少なく、想像の余地があります。運転手付きの「タクシコプター」という言葉は意訳かもしれませんが、もしかしたら現代のドローンのような姿で、(過去の翻訳は未確認ですが)時代が時代なら「空中自動車」と訳されていたかもしれません。
すぐそこにある新世界
ジョンと標準的な新世界の女性・レーニナとの、違いすぎる価値観ゆえに起きる噛み合わない関係など(オチも含めて)、本書を貫くのはブラックユーモア。「ありえない仮定を出発点に(中略)ふくらませたネタ小説」(本書365ページ)と見えるほどSFというより寓話に近い、設定の緩い作品ですが、名作として読まれ続ける理由は、痛いほどに人間の本質をついた描写にあるのでしょう。
効率を求め、大量消費を美徳とし、娯楽を貪欲に求めてきた現代社会。ヘンリー・フォードをシンボルとする新世界はナンセンスでしょうが、「繕うより捨てよう」(同75ページ)をスローガンとした新世界と現代社会は、ほんの少しの違いでしかないのかもしれません。
「すばらしい新世界(新訳版)」オルダス・ハクスリー 著 大森望 訳 ハヤカワepi文庫 1100円(税込)