手塚治虫が「鉄腕アトム」をテレビアニメ化して以降、テレビアニメは日本の娯楽の一角を占めてきました。しかしその現場は過酷な環境であることには変わりありません。「ハケンアニメ!(上・下)」(以下、本書)はそんな世界を舞台にした小説です。

楽しくも過酷なアニメという戦場で
本書は映画化もされた、アニメ業界を舞台にした作品です。タイトルとなった「ハケン」とは、季節ごとに多数制作されるテレビアニメの中でその時期最も人気を博した作品を指し、実際にネット上で一時用いられた(冷笑的な用法をされたとはいえ)「覇権」を意味する言葉でした。
ブランクを経て久々にテレビアニメを監督する王子千晴と、新人監督の斎藤瞳、いずれも注目されるアニメ監督同士が同時期に放送されるアニメを制作する中で、綺麗事ではない現場の姿とそれを支える個々人の作品にかける思いを描いたのが本書の内容です。
アニメは人々の救世主足りうるか
本書上巻では、王子に翻弄されるプロデューサー・有科香屋子とプロデューサー・幸城理に振り回される斎藤、対象的な二人を中心にして進み、様々なトラブルを乗り越えながら、限界まで最高の作品を送り出そうとする各陣営の姿が描かれます。
そこには自分の仕事に力を注ぐだけの理由が各人に存在します。その一端として、作中での王子の言葉「現実を生き抜く力の一部として俺のアニメを観ることを選んでくれる人たちがいるなら(中略)その人たちのために仕事できるなら幸せだよ」(本書上140ページ)と語るシーンは本書の白眉といえるでしょう。
わが町に聖地巡礼がやって来る
さて、映画版は主に上巻の内容を映像化したものでしたが、下巻では上巻で登場したアニメーター・波澤和奈を主役に、地方で行われるアニメを題材にした町おこし事業、いわゆる「聖地巡礼」イベントの準備に巻き込まれる様子が描かれます。担当者・宗森周平に引っ張られるように付き合う中で起きる波澤の変化が見どころです。

本作の根幹をなすアニメ。もちろんフィクション故にオリジナルの作品ではありますが、映画化にあたって書き下ろされた「運命戦線リデルライト」「サウンドバック 奏の石」2作のプロットを巻末に収録しています。(映画版で実際に一部アニメ化された)毛色の違う2作の骨子を感じ取ることができるでしょう。
作品のモデルはどこだろう?
先に述べた通り本書はフィクションでありますが、出版当時の2010年代アニメ周辺状況が反映されています。ある程度それを知っている人ならば作中に登場する作品や人物、会社などに思い当たるモデルが浮かぶでしょう(ただ巻末の謝辞がほぼ答え合わせになっているのですが…)。
フィクションならではの展開はあるものの、本書にはアニメを拠り所にする人々とその覚悟が見られます。単なる商売と割り切るでもなく、「夢を売る仕事」というには地に足をつけすぎた彼らにもその人なりの目指す場所があり、それを求める姿にはある種の爽快感があります。
「ハケンアニメ!(上・下)」辻村深月 著 講談社文庫 990円(税込、上下とも)