メディアミックスの悪魔

 かつてあったアニメに関する番組で解説役を担って以降、専門家としてメディアに出演することもある井上伸一郎。「メディアミックスの悪魔」(以下、本書)はアニメや漫画文化と共にしたその半生を自ら語ったものです。


メディアミックスの仕掛人、語る

 本書はアニメ雑誌「月刊ニュータイプ」の編集に携わり、後にKADOKAWA代表取締役副社長にまで上り詰めた人物の自叙伝です。これまでに幾多のアニメや漫画のメディアミックスに関わった著者の半生は、オタク文化の発展と歩調を合わせて進みました。

 本書ではその章ごとに評論家・宇野常寛による解説があります。それは著者の体験における時代的背景と、それにどういう意味合いがあったのかを示しており、本書における「おたく」と「オタク」の意図的な使い分けと共にオタク文化の変遷を明確にしていきます。

「ニュータイプ」の修羅場が読める?

 アニメ好きが高じ、アニメ雑誌「アニメック」の編集部を経て、角川書店から1985年に出版されたアニメ雑誌「月刊ニュータイプ」(以下、「ニュータイプ」)の準備に駆り出された著者。本書ではその内部事情が事細かに描かれ、文字通り新たなるアニメ雑誌がいかに作られたかがわかります。

 アニメ雑誌の中では後発であった「ニュータイプ」。それゆえ従来のアニメ誌とは違ったアプローチで紙面づくりを行うことになります。「重戦機エルガイム」で頭角を現し、同誌で「ファイブスター物語」を連載する永野護の起用もその一環であり、さらにライトノベルレーベルの先駆け「スニーカー文庫」の立ち上げも、「ニュータイプ」と連動したいわゆるメディアミックスの一つでありました。

会社再編で、トップを狙う?

 90年代はじめに起きた角川グループでのいわゆる「お家騒動」に巻き込まれる形になった著者。結果的に角川書店に残った中で漫画雑誌「少年エース」にも関わり、「新世紀エヴァンゲリオン」のコミカライズなど、さらなるメディアミックスに携わっていきました。

 グループの再編が進む中、著者はいつの間にか重要なポジションについていました。その中でも仕事ぶりはそれまでと同じく、コンテンツを大事にしつつ多くの人に届けるために尽力するスタイルを貫きました。社内でも立ち遅れていたアニメや漫画をビジネスとして成立させつつ、グループ内における屋台骨の一つにまで成長させた功績は多大なものがあります。

「テレビまんが」の無理解と戦った男がいた

 本書冒頭には石原都政の中、著者がアニメや漫画に対する表現規制などに毅然と反旗を翻す様子が描かれ、世間において「テレビまんが」に対する無理解に反逆する著者のスタンスが現れています。これは角川グループ内においても同様の経験があり、そこでも信念を曲げることはありませんでした。

 「価値観の違う人間にマンガやアニメを否定されたくない」(本書252ページ)がゆえに自らの「好き」を貫き、結果的に「テレビまんが」と呼ばれたものの文化的価値を高めた人物の一人となった著者。その手法が正しかったかはさておき、その歴史がオタク文化の一側面を形成したものであることには違いありません。

「メディアミックスの悪魔」井上伸一郎 著 星海社新書 1650円(税込)

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