予言獣大図鑑

 「アマビエ」なる妖怪が話題になったのも記憶に新しい昨今、同様に吉凶を伝える謎の獣が伝えられていたのをご存知でしょうか。「予言獣大図鑑」(以下、本書)はそれらを「予言獣」と定義してその資料を集めた一冊です。

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予言獣大図鑑 [ 長野 栄俊 ]
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不気味でゆるい予言獣たち

 本書は江戸時代から明治にかけて、かわら版などで知られた謎の獣を集めたものです。それらは一定のパターンを持っており、「人の前に現れ吉凶を予言し、その対処法を伝える」ことから本書では「予言獣」と定義して現存する資料とともに解説を掲載しています。

 その姿は人魚や天狗、奇妙な鳥など比較的メジャーなものからアマビエやクダンなど異形の姿をしたものまで大まかに数種類が確認されています。しかし描いた人の力量によるものか、リアルで不気味な絵柄からまるでゆるキャラのような愛らしい姿になったものまで多数のバリエーションに彩られているのです。

クダンとくたべとスカ屁?

 人の顔と牛の体を持ったクダン(件)は「件のごとし」と慣用句になるほど知られた予言獣ではありますが、実のところ予言をしたという記録があまりないのだそうで、生まれた時点で吉凶の印とみなされる存在が、かわら版などで伝わる間に予言獣としての性質を獲得した、とされています。

 クダンとの関係は不明瞭でありますが、同じ人面獣身の「くたべ」(名称に誤差あり)は予言獣の条件を満たしており、クダンに比べるとずいぶんユルめの描かれ方で伝わっています。さらに「スカ屁」なるくたべの記述を真似たパロディ作があり、民間信仰というよりエンタメに分類される作品もありました。

君は、本当のアマビエを知らない

 さて、ここ数年でブームになったアマビエですが、本書では「アマビコ」と呼ばれる予言獣バリエーションの一つでしかありません。アマビコは三本脚という点では同じでありながらその姿は似ても似つかず、人魚と並んで記録の数が多いメジャーな予言獣でありながら、なぜアマビエだけがこれほど有名になったのでしょうか。

 そこには妖怪漫画の大家・水木しげるの存在が深く関わっています。その著作の中で他の妖怪とともにアマビエが「予言を行う、比較的マイナーな、人魚に似た妖怪」(本書280ページ)として描かれ、近年のブームでその姿と概念が用いられるに至りました。本書ではブーム当時の状況を仔細に解説しています。

 もし水木がアマビエではなく同じ予言獣の「アリエ」やエジプト神・メジェドに似た「阿摩比古」を採用したら、現代に蘇ったのはそれらだったかもしれません。しかしながら従来の伝承を曲解され、予言獣としての性格を失い「疫病退散」の能力を付与されて人々に伝わるのは同様だったでしょう。

こんな予言獣にマジになって、どーすんの?

 そもそも、予言獣の伝承は由来あるものだったのでしょうか?その主だったメディアであるかわら版に関しては「かわら版とは商品なのであり、(中略)いかにこれを多く売るかで知恵を絞った」(本書25ページ)ゆえに「明らかな嘘ニュース、うわさ話の類も多かった」(同)わけで、予言獣もお守りとしての効能を付与することで売上を増やす販売戦略の一つであったと推測されます。

 それでは予言獣たちは単なるでっち上げだったのか、といえばさにあらず、年の途中で正月を再び祝う「流行正月」(本書322ページ)の由来が予言獣のフォーマットに酷似しており、それを元にかわら版が劣化コピーを繰り返しながら広めたのが予言獣の実像なのかもしれません。

 そして現代に蘇った予言獣は「ヨゲンノトリ」(同135ページ)と新たに名付けられたように、よくも悪くも変質を遂げながら人々の間に伝えられていくのでしょう。

「予言獣大図鑑」長野栄俊 編 岩間理紀・笹方政紀・峰守ひろかず 著 文学通信 2420円(税込)

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