妖精を信じるか否かはともかく、それに関する歴史的な事件があります。「コティングリー妖精事件」(以下、本書)は約100年前に起こった、妖精を写したとされる写真にまつわる事件の資料と考察を綴った一冊です。
「妖精の写真」がもたらしたもの
本書は「コティングリー妖精事件」として知られる有名な出来事を、妖精文学研究の権威・井村君江がひょんなことから手に入れた新たな資料をもとに、副題となっている「イギリス妖精写真の新事実」を開示しつつその全貌をまとめたものです。
20世紀初めイギリスのコティングリーに住む2人の少女が妖精を写真に収めた、という話から始まるこの事件は、神智学者ガードナーが調査にあたってから規模が広がっていきます。本書はそのガードナーが所有していたカバンを改めて調べ、その内容物を掲載しています。
はじめは少女のイタズラだった
エルシーとそのいとこフランシス、二人の少女が撮影した写真には、二人の他に羽を生やした小さな妖精と呼ぶべきものが写っていました。エルシーの母が写真の調査を依頼したのが先のガードナー。その一端が作家コナン・ドイルに伝わり、雑誌にこの出来事を掲載したことで世界に名だたる事件になっていくのです。
その約60年後、当のエルシーとフランシスが「写真の妖精は紙に描いたイラストを切り抜いたもの」(本書86ページ)と告白し、この事件はフェイクとして決着がつきます。しかし単なるイタズラから始まりながら、ことが大きくなり引っ込みがつかなくなってしまった事情も否めません。
妖精を信じたい大人たち
ただ、いわゆるオカルティストのガードナーが関わったことで、写真を本物としたかった動きがあったのは確かでしょう。実際、オリジナルの写真を加工して明瞭にリプリントしたことも判明し、それがドイルを惹きつけたきっかけともいえます。
なぜに「シャーロック・ホームズ」シリーズの作者であるドイルがこの事件を広めることになったのか。それはドイルが心霊主義に傾倒していた事実を考慮しなければなりません。とはいえ、あくまで霊魂の存在を証明したかった彼に、妖精という存在は霊魂の現れとしてでなければ意味はなく、伝統的な妖精は信じていなかったようです。
インチキでは片付けられない写真たち
フェイクだったとしても、一連の妖精写真にある魅力が減退するわけではありません。少なくとも本書の執筆者たちは(同時期にあった心霊写真と方法は同じであっても)その価値を十分に認めており、100年以上にわたって親しまれてきたこれらをインチキで片付ける意見には与していないようです。
そして、事件の当人たちが言及していない「第5の写真」は未だ研究がされておらず、その解明が待たれるところです。それを含めてこの事件の魅力を収めた本書は(執筆者が複数のため事件の説明が重複しますが)1世紀前にあった奇妙な時代の記録として楽しめるでしょう。
「コティングリー妖精事件」井村君江 浜野志保 編 青弓社 3080円(税込)