創元SF文庫総解説

 過去に読んだ「レンズマン」や「火星シリーズ」、「キャプテン・フューチャー」すらも、入手したのは創元SF文庫の形でありました。「創元SF文庫総解説」(以下、本書)は60周年を迎えた日本初のSF文庫、その公式ガイドブックです。

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日本SF文庫の先駆け

(本記事では外国人作家の表記を本書に準じている旨、ご了承の程を)

 創元SF文庫(以下、創元SF)は、1963年9月に創元推理文庫の1レーベルとして始まりました。本書は2023年6月までに刊行されたすべての作品解説(シリーズ物はひとまとめ)とその概要、創世期を知る人々の対談などで構成されており、口絵には全作品の初版本表紙を掲載しています。

 ハヤカワ文庫SFと並び日本のSF文庫として歩んできた創元SF。それはミステリ作家でもあるフレドリック・ブラウンの短編集から始まり、ヴェルヌやウェルズなど古典的な作品と共にハインライン、ブラッドベリなど(当時としては)最新作家の作品まで刊行していました。

古典的名作から怪作まで

 初期の創元SFでは戦前に書かれた古典的シリーズが人気となります。

  • 現代の異世界転生ライトノベルを思わせる「火星のプリンセス」から始まる冒険活劇、バローズ「火星シリーズ」
  • 映画「スター・ウォーズ」の元ネタとされる銀河を舞台にしたスペースオペラ、E.E.スミス「レンズマン」シリーズ

 この2作はそれぞれ武部本一郎、真鍋博による表紙と挿絵が特徴で、児童向け以外でSFにイラストを添えるのは創元SF初の試みでありました。他にも創元SFではホーガン「星を継ぐもの」や宮崎駿による表紙のシュミッツ「惑星カレスの魔女」のようなロングセラーを出版していきますが、

  • 成り行き任せで地球への旅を続ける長期シリーズ、E.C.タブ「デュマレスト・サーガ」
  • ファンタジーだけれどもSFレーベルで出版されたゼラズニイ「ディルヴィシュ」シリーズ
  • 「創元SF文庫が誇る(!?)屈指の怪作」(本書86ページ)日本人から見ればハチャメチャな和風ファンタジー、ルポフ「神の剣 悪魔の剣」

 など、現在では手にするのが難しい作品も本書で解説しているのは嬉しいところ。

SFを、日本人のポケットに

  SFの出版という意味ではハヤカワ文庫SFの早川書房に遅れたものの、文庫という形式でSFを出版したのは創元SFが日本初であり、そこには様々な苦労がありました。本書の巻末にはそれを知る二人による対談があり、「当時はまだ『SF』という言葉自体がたいして流通していなかった」(本書259ページ)時代にSFの、しかも文庫を流通させるのはハードルが高かったようにも思えます。

 しかし、潜在的にファンのいるSFやミステリは「翻訳出版は、小出版社を続けていくのに一番よかったんです。(中略)回転させて少しずつ利益が出て読者も増えていく」(同261ページ)ビジネスモデルに合致し、「火星シリーズ」などのヒット作が追い風となって創元SFを継続させる力になりました。

日本SFの歴史が、また1ページ

 日本SF作家の作品を早くから出版していたハヤカワ文庫SFに差をつけられながらも、創元SFも日本作家のSFを出版するようになります。その先駆けは他社で出版されていた田中芳樹作「銀河英雄伝説」であり、日本におけるSFの伝道者・山野浩一の作品集や「キャプテン・フューチャー」の翻訳を手掛けた野田昌宏による同作の番外編などを皮切りに、独自に作家を抱えて新たなSFを紡いでいくことになります。

 そこにはライトノベルの嚆矢である笹本祐一「妖精作戦」などの再文庫化もあり、いわゆるSFとの境目が曖昧になっているフシもありますが、読者が「ここではない何処か」を希求する限り、創元SFはそれに応えてくれるでしょう(Re)

「創元SF文庫総解説」東京創元社編集部 編 東京創元社 2420円(税込)

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