人体の描き方に関する本は今でこそ数多くありますが、個性的な技法書となるとこの一冊が挙げられるのではないでしょうか。「新装版 画力デッサン 人体と女の子」(以下、本書)は従来の技法書とは違ったアプローチで描き方を解説した一冊です。
ドロシーと不気味な仲間たち
本書は、アニメ作家・黒坂圭太による絵画技法書です。鉛筆で描かれた、デッサンのように芯を寝かせて面を塗る独特な絵柄で人物を描く方法を解説するものですが、本格的なデッサン技法書とも漫画やイラストを描くための技法書とも一味違います。
タイトルに「女の子」とつくように、本書は12歳の女の子・ドロシーが絵の上達を目指して修練を積む、という体裁で進みます。しかし、それを教える講師たちは変わった人物(?)ばかりで、立体感を教える「三毛乱蔵(ミケランゾウ)」、動きの演出を教える「ムーブマン」など、少し不気味なキャラクターたちが登場します。
人体は彫刻のように捉えよ!
さて、本書前半は他の技法書と同じく人体の構造について解説するわけですが、最初はデフォルメの効いたキャラクターであるドロシーもこれを境にリアルタッチに変化します。当のドロシーをモデルに人体のディテールやプロポーションを図解し、最低限人体が変に見えないようにする知識が盛り込まれています。
さて本書の特徴でもある人体の捉え方は、先の三毛乱蔵が直方体から人体を削り出す体で進み、人の形態と同時に大まかな影を指し示していきます。頭部にしても、デッサン用石膏像のような大まかな平面で構成された像から始まり、削り込むように段階を踏んで面を増やし描かれるのです。
クロッキーは影で描け!
本書後半はアニメ作家らしく、人物の動きを描写するための知識を主に扱っています。「本当に動きのある絵を描きたいときは、まず実際の動きを目で見て記憶し、それを脳内リプレイしながら」(本書082ページ)描くことを推奨し、そのための「印象クロッキー」の方法を解説していきます。
ここで特徴的なのは線と影を並行して描き込むこと。「即物的な明暗の描写ではなく、あくまで動きの性格を方向づけること」(同083ページ)であり、印象を描くという点ではジェスチャードローイングと考え方は同じながら、線だけでは表現できない量感を重視する点で独自といえるでしょう。
デッサンは、正確さではない
そんなわけで、本書では対象を正確に描くことよりも、印象をもとにデフォルメしてアウトプットする方法を勧めています。そして、行き着く先は自らのイマジネーションをふくらませること。本書のラストで想像力を働かせキャラクターを発想する例を示すのはその表れといえます。
本書を締めくくる言葉は「本当に上手い絵というのは誰にも真似できない“その人だけの世界”を持っている絵」(本書166ページ)というもの。本書の絵柄はその言葉を体現するにふさわしいものでしょう。
「新装版 画力デッサン 人体と女の子」黒坂圭太 著 グラフィック社 2200円(税込)