人体を描く時には単純な形に置き換えて理解するのが一般的。しかし、それだけだと動きを表現する時にぎこちなく描いてしまう可能性が出てきます。「目で覚える動きの美術解剖学」(以下、本書)はそれを防ぐために必要な知識を中心に解説したものです。
歴史に学ぶ人体構造
本書は人体の描き方を解説したもので美術解剖図の要素もありますが、どちらかといえば人体構造を理解し、どう応用するかに注力したものになっています。そのため冒頭にはギリシャ彫刻からミケランジェロの作品までの人体表現を参考に、人間がいかに人体を把握してきたかの歴史を俯瞰する構成になっています。
それは美術解剖学の歴史でもあり、古代ギリシャ彫刻が500年の間に単なる直立像から躍動感あふれる作品までに進歩したことは、経験的に解剖学的知識を発展させた結果にほかなりません。後代に残されたそれらをもとに美術家が人体を把握した一方、実際に解剖をする中でさらなる構造の理解を進めてきたのです。
理想的な人体と構造を無視した人体
そしてギリシャ人は、神を表現するために人体のデフォルメを行ってきました。それが理想的なプロポーション(カノン)の探求です。もちろん「モデルのプロポーションはカノンのプロポーションとは多少なりとも異なるに違いない」(本書63ページ)わけですが、人体の比率を把握する助けになるのは確かです。
逆に言えばプロポーションさえ合っていれば細部は重要ではなく、本書でもまず単純な形でもプロポーションを合わせることに重きを置いています。しかし構造が間違っていれば違和感が出てくるわけで、その例として「『不正確』な解剖学の傑作」(同37ページ)と著者が評する、あえて解剖学を無視した作品を紹介しています。
「筋肉というよりもソーセージや卵の詰まった袋に似ている」(同)その人物像はまるで漫画に登場する超人的マッチョキャラのようで、不気味な存在感があります。
人体にだってリズムがある
人体の構造は進化の結果あるべき姿に収まっており、それはある種のリズムを描いています。骨はどのように曲がっているのか、筋肉はその上からどのように付着しているのか、本書では解剖学の解説とともにそのリズムを図示しており、「キューピッドの弓」(本書171ページ)と呼ばれる脚の曲線などを例に、人体の美しさをその構造に求める記述に溢れます。
また単純な形で人体を捉える「ステレオメトリー」で古典的作品が取るポーズを細部にとらわれることなく、一本の曲線を中心にした矢印の集合体で分析することで、躍動的なポーズの描き方に応用する方法を示しています。ステレオメトリーでポーズを検討する、もしくは眼の前のモデルのポーズをステレオメトリーで分析するなど様々な使い方ができますが、大事なのはポーズのベクトルを線で捉えることなのです。
古典に学ぶ描き方
本書の最後には人体をどのように描写するか、古典的な方法をまとめ、各方法での実践的な例を示しています。
- 構造的なドローイング
- 調子を用いたドローイング
- トロワ・クレヨン
- 消して描く技法
(以上、本書316〜320ページ)
デジタルが主流となったこの時代でも描き方そのものは変わることなく続いているわけで、その中から自分にあう描き方を探してみるのも良いのではないでしょうか。(Re)
「目で覚える動きの美術解剖学」ロベルト・オスティ 著 植村亜美 訳 パイ・インターナショナル 3520円(税込)
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