自らの研究のためならなりふり構わない、いわゆるマッドサイエンティストと呼ばれるキャラクターは創作物で少なからず存在します。「闇に魅入られた科学者たち」(以下、本書)は実際に行われた狂気と呼ぶべき科学実験とそれを行った科学者たちの記録です。

(本記事は2018年刊行のNHK出版版を参考にしている旨、ご了承のほどを)
科学者が行った実験の光と闇
本書はNHKで放送された番組「フランケンシュタインの誘惑」を単行本化したものです。同番組は偉大な研究をした科学者に焦点を当て、その光と闇の側面を紹介したドキュメンタリーで、放射線を発見したキュリー夫人や原爆を開発したオッペンハイマーなど数々の人物の素顔を明らかにしてきました。
本書は「人体実験は何を生んだのか」の副題どおり、そのエピソードの中から人体に関するものを集めています。載っている実験は現代の倫理的に決して許されないものではありますが、その犠牲を糧に医療技術の発展があるのも否定できない事実なのです。
血に染まった人間への好奇心
本書で最初に登場するのは18世紀の外科医ジョン・ハンター。外科手術の向上はもちろん、解剖学の発展にも寄与した人物ですが、その下地になったのは当時非合法に入手した遺体の解剖であります。ダ・ビンチのように人体への興味が勝ったハンターは、良くも悪くも当時の常識が通用しなかった人物と言えましょう。
20世紀中盤に活躍した医師ウォルター・フリーマンは、脳の一部を切ることで精神疾患を治療するロボトミー手術を推進した人物。しかし、その副作用の大きさを顧みず手術に邁進した彼には、まだ未知の領域だった精神医療の革新とそれに伴う栄誉しか見えていなかったのかもしれません。
国家の名のもとに行われた大罪
さて、20世紀に入ると遺伝の仕組みが明らかになり、それに伴い人類にとって優秀な遺伝子を残し、劣ったものを排除しようと考える「優生学」が生まれます。それは国家戦略と容易に結びつき、その最たるものがナチス政権下のドイツにおけるユダヤ人排斥でありました。本書ではそれに加担しながら裁かれなかった遺伝学者オトマール・フォン・フェアシュアーに触れています。
戦後社会主義国となった東ドイツでは、オリンピックに勝利するため国家ぐるみでドーピングを行っていました。それを進めたマンフレッド・ヒョップナーは選手への効果的な薬物投与と検査に引っかからない方法を開発し、今に続くドーピングに関わるイタチごっこのきっかけとなった人物と言えましょう。
願わくば、未来が明るくなるように
はたして、彼らは研究に没頭するあまり道を踏み外したマッドサイエンティストか、それとも国家に忠誠を尽くした愛国者なのか。そのヒントになる研究が本書の最後で描かれます。それが「スタンフィールド監獄実験」で、被験者を看守役と囚人役に振り分けて生活させるものでした。それは発案者フィリップ・ジンバルドーの予想を大きく上回るものになったのです。
当初は単なる演技だった被験者が日が経つに連れ役割をエスカレートさせ、当のジンバルドーすら「不覚にも自ら“監獄長”として振る舞うようになっていた」(本書203ページ)結果、一週間も経たずに実験を中止せざるを得ませんでした。これは「人間の行動は(中略)その人の置かれた“状況”が行動に大きな影響を及ぼす」(同208ページ)事実を突きつけた悪名高い実験として語られています。
半世紀前に行われたこの実験は人間の不都合な仕様を示し、その事実は本書の内容が決して過去の事件ではなく、今現在でも起こり得る危険性を教えてくれます。
「闇に魅入られた科学者たち」NHK「フランケンシュタインの誘惑」製作班 著 宝島SUGOI文庫 890円