令和になってバッタがモチーフの仮面ライダーも出てきましたが、平成には龍や電車、果てはミカンまで、昆虫モチーフのライダーは多くありませんでした。「新装版 仮面ライダー昆虫記」(以下、本書)は実際の昆虫の知識を元に昭和の仮面ライダーを考察した一冊です。
仮面ライダーは、なぜ昆虫の改造人間なのか
本書は農学博士の著者が、得意分野である昆虫の観点から仮面ライダーを考察したものです。初版は2003年、20年の時を超え新装版として復刻された本書は1971年放送の「仮面ライダー」から88年の「仮面ライダーBlack RX」までの昭和仮面ライダーを扱い、石森プロによる挿絵を追加した一冊になっています。
本書の考察は著者独自のものでオフィシャルな設定ではありませんが、「ストロンガーは本当にカブトムシなのか」(本書112ページ)「ゼクロスは忍者虫?」(同174ページ)など専門知識をもとにした知的遊戯として楽しめるものであります。
Xライダーは、何の虫?
知っての通り昭和の仮面ライダーはバッタやトンボなど昆虫をモチーフとしたものが多いわけですが、その中でも「仮面ライダーX」「仮面ライダーアマゾン」は例外的な存在です。ゆえに本書の記述は少なめながらも、特にXライダーの考察にはひねりが加えられており、
- 深海用改造人間であるXライダーを改造した神博士は仮面ライダーを知っていた
- 博士にとって仮面ライダーは昆虫型改造人間である
- 深海用改造人間のモチーフとして(蛾の一種)オオミズアオを選んだ
との三段論法でXライダーのモチーフを考察したうえで、同じ石ノ森章太郎原作の「イナズマン」に話がそれる部分は本書らしいところかもしれません。
ショッカーからゴルゴムまで、悪の組織を考える
そもそも仮面ライダーは悪の組織ショッカーによって改造されたわけですが、なぜバッタの改装人間だったのでしょうか。著者はバッタが人間にとって最大の害虫という部分に着目し「ショッカーが、期待すべき悪の象徴としてバッタを選んだのは、いわば当然過ぎることだった」(本書024ページ)と結論付けます。
その論拠を用いると暗黒結社ゴルゴムが次期創世王候補として、ブラックサン(仮面ライダーブラック)とシャドームーンをバッタの改造人間にした理由にも合点がいきます。さらにそこから「幼虫同士の共食いは決して珍しいことではない。(中略)厳しい自然界ではごく当たり前のゴルゴムの風習」(同188〜9ページ)と、二人が創世王の座をかけて争う設定が実際の昆虫に当てはまるのは偶然でないのでしょう。
このように、本書では悪の組織に関する考察が多めです。怪人の変遷からその内部事情を類推、さらに「ショッカー顔負けの昆虫たち」(同057ページ)と銘打って昆虫の(人間からすれば)凶悪な行動を解説するさまは自然に対する興味を掘り下げてくれます。
これは、仮面ライダー大好き親子の記録でもある
本書の考察は「仮面ライダー2号はなぜ赤くなったのか」(本書030ページ)のように冗談の域を出ないものもありますが、そこには著者が自分の子供に対し、仮面ライダーを介して愛情を伝える姿勢が端々に感じられます。
本書が出版された2003年は平成仮面ライダーシリーズが始まったばかりで、いつ中断されてもおかしくない状況でした。「かつて私たち大人が夢中になったヒーローたちが、うれしいことに二一世紀を生きる現代の子どもたちをも夢中にさせている」(同005ページ)頃より20年過ぎた現在においてもシリーズは継続され、著者と同様に仮面ライダー好きな親子の姿を連想させずにはいられません。
「新装版 仮面ライダー昆虫記」稲垣栄洋 著 東京書籍 1650円(税込)