人体ヒストリア

 子供の頃、偉人の伝記を読んだことはありますか。「人体ヒストリア」(以下、本書)のように、その人の特徴や体に関するエピソードを盛り込んでいればもう少し伝記を楽しめていたかもしれないのに…。

人体ヒストリア その「体」が歴史を変えた税込2,530(2024/08/05時点)

(本記事の人物名は本書の表記に準じる旨、ご了承の程を)

その時、人体の特徴で歴史が動いた

 本書は、歴史上の人物をその体の一部に注目して語った一冊です。先史時代の手形から宇宙飛行士の排泄問題まで、時代や土地を問わずセレクトされた27のエピソードとそれに付随するコラムたちで構成されており、知らず識らずに世界史がざっくり理解できるでしょう。

 「もしクレオパトラの鼻がもっと低かったら、世界の様相はすっかり変わっていただろう」(本書39ページ)との有名な言葉は実際のところどうだったのか、本書では彼女の鼻にまつわる事実と、同時代に生きたユリウス・カエサルの毛髪問題など、多面的な視点でアプローチしています。

体の悩みが偉業を生む?

 本書では歴史上の人物が持つ体の特徴に焦点を当てていますが、おおむねその体に苦しめられてきた人物が大半を占めます。例えばアメリカ初代大統領・ワシントンの口内環境は非常に悪く、「肖像画の口元が不機嫌そうなのは、入れ歯が合わないせいで痛かったから」(本書127ページ)と始まり、当時の一癖ある入れ歯事情に話が及びます。

 肖像画が不機嫌、といえば宗教改革の立役者マルティン・ルター。「彼は中世後期における便秘の象徴的存在だった」(同94ページ)自らの体に苦しめられた一人。それは思索の時間を生み、ついにはプロテスタント思想を生み出すまでに至る原動力になった、のかもしれません。

波乱万丈!歴史上のヒロインたち

 その意味では女性も変わらず、画家フリーダ・カーロが生涯にわたって苦しめられた脊椎の怪我(眉毛ではなく)、纏足を廃止するため立ち上がった秋瑾(しゅうきん)、頭部の怪我による獲得性サバン症候群のおかげで奴隷開放の使命を全うしたハリエット・タブマンなど、波乱万丈の人生を送った人物が多いのです。

 その中でも「腸チフスのメアリー」として知られるメアリー・マローンは「最初の無症候性腸チフス保菌者」(同185ページ)として自覚のないまま周囲に感染者を増やしていった末、強制隔離された一生をたどりますが、皮肉にも感染症対策のきっかけとなる歴史的な功績(?)を残した人物ともいえるでしょう。

とかく、人間の体は面倒だ

 いずれにせよ人間である以上、その体を意識して生活せざるを得ないのはどんな偉人であっても同じこと。本書巻末にある宇宙飛行士のエピソードでも人類初である偉業の裏で、生理現象には逆らえないがゆえの綺麗事では済まされない人間の本質が見えてきます。

 しかし電話を発明したグラハム・ベル一族のように、家族に聴覚障害があったからこそ、そのコミュニケーションの副産物として電話が生まれた経緯など、その体に向き合ったことで人類の進歩があったのも事実。ともあれ本書で示されるように歴史の授業では教えてくれない真実がその体に秘められている、と考えると興味が湧いてくるのではないでしょうか。

「人体ヒストリア」キャスリン・ペトラス ロス・ペトラス 著 向井和美 訳 日経ナショナルジオグラフィック 2530円(税込)

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