パソコン雑誌「ログイン」とファミコン雑誌「ファミコン通信」の登場は一つの事件でした。少なくともこれまでになかった自由な誌面がそこにあったのです。「199Xのウッドボール通信」(以下、本書)はその時代の生き証人による記録の続編です。
「ファミ通」の記憶は名店とともに
本書は「198Xのファミコン狂騒曲」の続編です。「ログイン」と「ファミコン通信」(以下、「ファミ通」)を手掛けた著者による、80年代から90年代にかけての仕事を振り返り同誌の歴史を記録したものですが、前作と違って自らの体験を生に近い形で綴っているのが特徴でしょう。
その歴史が紡がれたのは、往々にして飲食店の中でした。本書では数々の店舗を舞台に起こった印象的な物事を、著者の体感を交えて語っています。そして「歴史の脇にこぼれていた記憶の欠片を拾い上げるエッセイ形式」(本書3ページ)で書かれ、前作の内容を補完する内容となっています。
名作と泊まり込みとドット絵と
そこに描かれていたのは、かつての名作が生まれた瞬間。ヒットを飛ばした「ドルアーガの塔」の攻略本からパソコンからファミコンへと移植された「オホーツクに消ゆ」(以下「オホーツク」)など、雑誌だけではない入魂の仕事ぶりと並行して、その時何を口にしていたのかが綴られ、それこそが記憶を蘇らせる鍵なのでしょう。
中には本書の表紙イラストを担当した荒井清和との出会いも描かれており(荒井本人が語る状況とは多少の違いはあるようですが)、少なくとも以降の長い付き合いと相まって「オホーツク」での修羅場の様子が生き生きと描かれています。
その時、アスキーに何が起こったか
本書の後半は著者が所属していた会社・アスキーでのいわゆる「お家騒動」にまつわるもの。決して耳心地のいい話ではありませんが、「その歴史が風化してしまうのは避けなくてはならない」(本書4ページ)との決意から(著者視点とはいえ)ピリピリするような筆致で明らかにされた事件が描かれます。
社内の不祥事に巻き込まれ、逡巡の末に別会社を興し古巣を離れるまでの様子は、外野から見れば何が起こっていたかはうかがい知れないもの。作中に「今起こっている出来事はものすごく貴重な出来事です」(本書351ページ)とあるように、(事件の真実はどうあれ)これが本書の肝なのは疑いようがありません。
青春というにはウッドボールが悪い日々
10年以上の期間著者が所属していた場所には、少なくとも自らの青春をかけるに足る仕事があったのでしょう。若さゆえの内輪ウケがほぼそのまま紙面を飾った「ログイン」とそれを踏襲した「ファミ通」。それが大人となり、それゆえの事情で離れなければならなかったのは不幸だったのか、それとも必然だったのか。
本書は、前作を出版する周辺の出来事で幕を閉じます。そこには40年近く前への郷愁と、それを踏まえての現在がありました。良くも悪くも時代の流れに乗り、きまりの悪い区切りではありましたが、その資産がこのような形で残されるのは時代的な資料という意味だけでは片付けられません。
「199Xのウッドボール通信」塩崎剛三 著 SBクリエイティブ 2420円(税込)