絵を描く人の思考をのぞく

 世に絵画の技法書は数あれど、なぜ絵を描くのか解説したものはあるでしょうか。もちろん描きたいから描くのであって、考えるまでもないのかもしれませんが。「絵を描く人の思考をのぞく」(以下、本書)は画家の目線から絵を描くことを考えた一冊です。

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絵を描く人の思考をのぞく [ 上田 耕造 ]
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人間が絵を描くということ

 本書は「イチバン親切なデッサンの教科書」の著者でもある画家が、絵画について書いたエッセイです。自らがどういうスタンスで絵画に向き合っているのか、さらに人間にとって絵画とはどういう意味を持つのか、を自分なりの考察でしたためています。

 ここで注目すべきなのは「絵を描く人は『絵を描くことによって心のバランスをとっている』」(本書023ページ)としており、著者は絵画を精神衛生上の行為と定義しているようです。それは幼い頃の落書きと本質的に同じであり、人間の根源的な欲求なのかもしれません。

写真の登場で、絵画が滅びなかった理由

 絵画は一般的に、現実を写しているものを評価する傾向にありますが、それなら写真を見ればいいのでは、との意見もしばしば見られます。しかし「絵画とは目に写ったものを画面に移すのではなく、目に見えない要素を目に見える形に変換する」(本書043ページ)ことであり、絵画は写真と根本的に違うものなのです。

 それは人間が現実をどのように見ているか、にも繋がります。デッサンはそれを確認する作業でもあり、そのためには「視覚よりもむしろ触覚でモチーフを観察することが大切」(同062ページ)だと著者は説きます。対象の匂い、味、感触すらも感じ取って画面に再構築するのが描くという行為といえるでしょう。

絵を描くには何が必要か

 ならばそれを表現するためには何が必要なのか。本書ではそのために具体的な知識や練習法を解説しており、要所要所にある挿絵や作例に添えられたQRコードを読み込むことで資料を公開しています。一番重要なのは描くために対象を「観ること」であり、いかに自分の思い込みとのズレがあるかを認識することなのです。

 その例として著者が講師として行うデッサンの課題があり、記憶だけでバレーボールや鳥の姿を描いたものが掲載されています。いずれも本物とは似ても似つかないものばかりで、一般的な人間の記憶ではさほど正確に認識していないことがわかります。

ちょっとリアルになった猫と一緒さ

 本書を飾るイラストはもちろん著者によるものであり、漫画家を目指していただけあって愛嬌のあるものです。他の著作にもあったようにネコのキャラクターがしばしば登場し、少しリアル目になったものから漫画的なものまで幅広い姿になって良いアクセントになっています。

 本書はいわゆる技法書とは違い、絵画という人間の行為について思索を広げたものですが、絵を描くためのヒントや直接関係のないようなこぼれ話もふんだんにあります。ただ共通するのは絵画という行為が「人類に与えられた素敵な病」(本書024ページ)なのだろう、という部分でしょうか。

「絵を描く人の思考をのぞく」上田耕造 著 新星出版社 1980円(税込)

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