美術解剖学の本は数多くありますが、初心者向けの本となると、これというものが無い状況が長らく続きました。「美術解剖学の基本マニュアル」(以下、本書)は美術解剖学で明かされた人体の構造をコンパクトにまとめた一冊です。

美術解剖学の薄い本?
本書は「伊豆の美術解剖学者」の名で知られる著者が、これまでにSNS上で発表した人体図をもとに「より扱いやすい美術解剖学の入門書を目指して編纂したものです」(本書3ページ)。本書は160ページほどのボリュームで、本格的な美術解剖学の本に比べると薄いものですが、その分重要な点を凝縮しているといえるでしょう。
本書の冒頭は全身の骨格と筋肉、そしてプロポーションなど美術解剖学の基本的な情報が掲載されています。他の本でも示されている情報ですが、「ポーズの美術解剖学」と同じように構造をわかりやすくするため筋や骨の部分ごとに色分けされているのが著者ならではの工夫です。
わからなければ、輪切りにして見よう
しかしながら平面図である以上、人体を立体的に把握するのは至難の業。幸い本書では解剖図がポーズを取った状態や様々なアングルで描かれており、先の色分けと合わせて極力把握しやすい構成になっておりますが、それでも限界があるのは否めません。
そこで役に立つのが断面図。本書では胴体、腕、脚の断面図を掲載、腕や脚は単純な円柱でないのがわかります。上から見た肋骨は背骨を頂点としてまるでハート型のような空間を形成しており、逆にお尻の形は思ったより四角い形状を感じ取れるでしょう。
以外に間違う人体のディテール
さて、本書最大の特徴は人体の捉え方で間違いやすいところを具体的に図示していることでしょう。要所要所でチェックポイントとして現れるそれらは正解と間違いを併記しており、「耳は顎と頭部に対して傾斜して付いています」(本書53ページ)など簡潔に解説しています。
特に腹筋の割れ方、肩の動き方、正面から見たくるぶしの角度など、意識しないと気づかない間違いを明快にすると同時に、背骨の曲がり方が滑らかか、胸郭を境に曲がるかなど個体差があることも示され、思ったより人体には確固たる正解がないこともわかります。
美術解剖学を学ぶ支えになる言葉たち
本書の最後は著者による筋肉図の作例を示し、頭部や胴体、四肢などに分けて様々なアングルから描かれています。パースのかかった腕や股の下を覗くような極端なものもあり、役に立つと同時にそこに添えられているコメントにも注目すべきでしょう。
そこには「何度も繰り返し覚えていくうちに知識が身につき、知識の抜けが少なくなります」(本書141ページ)など、美術解剖学の知識を身につけるヒントが散りばめられています。もちろん一朝一夕に身につくものではありませんが、その言葉は人体構造を学ぶ者の支えになるでしょう。
「美術解剖学の基本マニュアル」加藤公太 著 玄光社 2970円(税込)