近年、市街地に熊が出没する事態が頻発しています。そんなとき人間はどうすべきなのか。「クマにあったらどうするか」(以下、本書)は長年クマを相手にしてきた猟師に、クマの生態とその付き合い方を語ってもらった一冊です。
クマにあったらどうするか ──アイヌ民族最後の狩人 姉崎等税込880円(2024/10/28時点)クマを師匠と呼ぶ男
本書は副題の通り「アイヌ民族最後の狩人」姉崎等にインタビューし、自らの生い立ちやその中でクマとの関わりを語ってもらったものです。その冒頭で姉崎は「クマが私のお師匠さん」(本書15ページ)と語ります。それはクマを徹底的に観察して山での過ごし方を学んだことに由来するのです。
「自分はアイヌのクマ撃ちです」(同55ページ)と名乗る姉崎はその伝統を受け継ぎ、クマを仕留めるときには相手に敬意を払うことを心がけていました。本書にはそんな彼の思想と、一般的なイメージとはかけ離れたクマ本来の姿がつづられています。
クマとの修羅場をくぐり抜ける
生涯長きにわたって狩りを続けた姉崎は、クマを相手に大きな怪我もせずにその使命を全うしました。そこにはクマから得た知識と北海道の自然を熟知したゆえの慎重な行動を重ねた結果があります。それでも若いときにはクマとの接近遭遇で命の危険を感じたこともあったのです。
母グマに遭遇し小康状態に陥った中、単発銃を携えた姉崎は「あのとき撃たなかったのは正解だったなと今でも考えています」(本書223ページ)と語るほどの慎重さで相対し、超人的な身体能力で迫ったクマに辛うじて一発当てながら脱出に成功しました。本書の中でも手に汗握る描写がその危険さを物語っています。
クマは人間が怖いんだ
しかしながら姉崎は「どっちかっていうとクマっていうのは平和主義です」(本書275ページ)と語ります。それはクマが基本的に人間を恐れ、極力出会わないように行動しているからだそうです。だから出会ってしまったときには人間が驚く以上にクマのほうも驚いていており、人間が不用意な行動をすれば自分の身(もしくは子供)を守るために手を出してしまうこともあるのです。
だからこそクマに出会ったら相手が離れるまで動かないのが基本で、一般に伝わる死んだふりをするのはあまり有効ではない、としています。そして本書ではクマに出会わないため、もしも出会ったときのための10か条をまとめて掲載しており、よく聞く対処法とは一味違うものになっています。
人間がクマを追いやった
OSO-18に代表される害獣としてのクマも全体から見れば稀有な存在であり、人(もしくは文明)の味を経験してしまったある意味不幸な個体ともいえるでしょう。そこには生息する山の食糧事情の変化があり、原因として人間のクマテリトリー侵入が大きいのではないか、と姉崎は指摘します。
「これはなにもクマが悪いわけではないんですよ。人間が全部原因を作っているんだから」(本書307ページ)との言葉は、自分本位の生活を送っているがゆえにクマの生活、さらには自然のバランスを考えない人間への警告とも取れます。
本書の原書が出版されてから20年以上が過ぎ、姉崎の懸念が現実化した現在、その言葉を噛みしめるべきタイミングなのかもしれません。
「クマにあったらどうするか」姉崎等・片山龍峯 著 ちくま文庫 924円(税込)