子供時代、児童向けSF全集の表紙を飾るそのイラストにとてつもない衝撃を受けたのを覚えています。「真鍋博の世界」(以下、本書)は児童書だけでなく雑誌、広告、菓子のパッケージまで手掛けたイラストレーター・真鍋博の仕事を集めた画集です。
すみに輝く「M」マーク
本書は愛媛県美術館に収蔵されている作品で構成された、真鍋博展覧会の図録として編まれた一冊です。細い直線と強烈な色彩を特徴とするイラストを描いた真鍋は、「絵を描く以上(中略)もっと人にも見てもらいたいし、社会とつながった仕事をしたい」(本書6ページ)との信念から70年代を中心にイラストレーターとして活躍しました。
「イラストレーションは、(中略)荒っぽい言い方をすれば、印刷物がその表現の最終結果ということになる」(同5ページ)と考えていた真鍋。それゆえか本書に収録されている作品には原画や原稿もあり、トンボや写植を切り貼りした跡が見て取れます。そこには真鍋のサインである「M」の字をデザイン化したマークを、コピーして各作品に貼り付けているのがわかります。
硬質な線と印刷を武器にする手法
さらに原稿にトレーシングペーパーを重ね、そこに色指定を書き込んでいるものを本書で再現しており、その事細かな指示は自らの求める鮮やかな色彩を再現するために必要な作業だったといえます。そのうえで生まれた独自のカラーデザインは真鍋の強みであったといえるでしょう。
もう一つの武器は、その硬質で抑揚の少ない線。「鉱山開発のために父親が持ち帰る図面や建築雑誌を見て、幼少期の真鍋は細い線画に興味をいだいた」(本書5ページ)ことで生まれた線は建築やメカニックにふさわしい描写で、70年万博のイラストに見られる未来感はその真骨頂といえます。
SFってのは、こういう絵だねぇ…
「SFは、絵だねぇ」との言葉を残したのは「宇宙軍大元帥」ことSF翻訳者の野田昌宏。真鍋のイラストはその言葉に沿うものであり、数々のSF作品の表紙を担当していました。「レンズマン」シリーズを始め児童向けSF全集の「27世紀の発明王」表紙では宇宙船を操縦する主人公とその宇宙船、悪漢にとらわれるヒロインなど、SF好きの子供が求める要素を散りばめつつスマートな画作りが展開されていたのです。
特に筒井康隆と星新一の作品に添えたイラストは多く、その奇想天外でペーソス溢れる作風は真鍋の絵柄にマッチしたものでした。同様にアガサ・クリスティーや江戸川乱歩など推理小説の表紙も担当、本書で見られるその一覧はSFとはまた違った統一感に彩られています。
未来を見つめた父と過去を見つめる子
本書に収録されている原画や原稿は真鍋自らが収集したものであり、真鍋が仕事をしていた時期それらは一過性のものとして処分されても仕方ないものでした。「イラストレーターの社会的地位を確立しようと試みた」(本書7ページ)表れとして、作品の保管を第一に考えていたようです。
単なる装飾にとどまらず、「目に見えないもの、音に聞(こ)えないもの、形のつかめないものを視覚化すること」(同)を目指した真鍋。巻末にある真鍋の家族へのインタビューで、古生物学者である息子の真は「父親は『未来』という方を現代から見ていて、僕は現代から『過去』を見ているので(中略)『同じ時間軸の中で遠くを見ている』というのが、ロマンがある」(同247ページ)と語り、親子ともども先を見つめる姿勢を感じさせます。
「真鍋博の世界」愛媛県美術館 監修 パイ・インターナショナル 3960円(税込)
One thought on “真鍋博の世界”