半世紀前までは汲み取り式トイレはまだまだ存在していたものですが、水洗式が普及してあの独特な雰囲気と臭気は忘れ去られているようです。「ウンコノミクス」(以下、本書)は排泄物処理を見直すことで日本の諸問題解決のきっかけを見出す一冊です。
排泄物を廃棄するだけではmottainai
本書は排泄物処理に可能性を見出し、その現在を探るリポートです。かつて肥料として使われていた排泄物も、衛生環境を整えた近現代には厄介者として処理されてきましたが、ここに来てその価値が見直されようとしているのです。それは現代日本の経済に影響を与えるかもしれません。
「資源が乏しいとされる日本において、ウンコの流される下水道は、貴重な地下鉱脈となり得る」(本書5ページ)との主張のもと、本書で紹介される利用法は下水道の温度を利用した融雪装置や、発酵してできるメタンガスを燃料として利用するなど多岐にわたります。
匂い立つほどの、リン争奪戦のさなかに
その中でもやはり用途が重視されるのは肥料としてでしょう。日本においては肥料を輸入に頼っている現在、価格高騰がネックとなっています。その原因として、肥料の構成要素であるリンを含む鉱石の世界的な減少と、それに伴う産出国の囲い込みが挙げられ、その問題を解決しうるのが下水汚泥の再利用であります。
これからリンの需要が更に高まっていく中「下水汚泥に肥料の原料にするのに堪えるだけのリン酸が含まれていると改めて確認できた」(本書48ページ)現状をもとに、本書では再利用の現状と課題を取材しています。同時にあまり知られていない下水処理の工程が俯瞰できるでしょう。
廃棄物たちが、夢の跡
さて、知っての通り2025年大阪・関西万博の舞台となった埋立地、夢洲は周辺地域の廃棄物で構成されております。本書中盤では開催前に取材し、「夢洲の地中に大量に投じられてきた下水汚泥は(中略)それをゴミとして最終処分した挙げ句、できた島を『負の遺産』呼ばわりする」(本書160ページ)処分に関する実像と問題点を提起しています。
そもそも日本ではなぜ下水汚泥を廃棄するだけになってしまったのか。本書後半ではその歴史について記述されています。江戸時代から続く排泄物を利用する生活様式は、同時にぎょう虫などの寄生虫が蔓延する環境を構成していました。戦後日本ではそれを排除するため化学肥料を用いた農業を推進し、トイレの水洗化とともに下水道も整備、清潔な社会を打ち立てたものの、排泄物は文字通り唾棄すべきものと成り果てたのです。
循環社会に及び腰なニッポン
それは一見理想的な社会に見えるかもしれません。しかしそのおかげで農地は過栄養に、海は貧栄養化し、食料自給率を下げる結果となりました。それを解決するには下水汚泥の再利用が不可欠でありますが、本書の内容を見る限りでは、国内において進んでいると言い難く、排泄物を忌避してきたゆえ及び腰になっているのは否めません。
そんな社会を構成してきた下水道管も老朽化が進み、日本社会は岐路に立たされています。良くも悪くも排泄物利用を考えなければならない現在、本書を手がかりに循環社会への転換を図る未来図を描かなければならないのかもしれません。
「ウンコノミクス」山口亮子 著 集英社インターナショナル新書 1045円(税込)