ナンセンスの中に世の不条理を垣間見る作風が持ち味の絵本作家、ヨシタケシンスケ。しかしその道のりは平坦だったわけではありません。「しかもフタが無い」(以下、本書)はその実質的なデビュー作を文庫化したものです。
「何考えてんだろう…」なスケッチ集
本書はヨシタケシンスケによるスケッチ集を文庫化したものです。「りんごかもしれない」などの絵本で人気作家となった著者ですが、その元ネタとなる思うままに書き溜めたスケッチの作品集であり、絵本よりも著者の考えていることがうかがえるものになっています。
サラリーマン時代の著者が隠れて描くため小さなサイズになったスケッチ。現在もそのままのサイズで描かれるスケッチは、身の回りの小さなことを元に妄想を膨らませたものが多いようで、それらを集めた本書は文庫になることで原寸に近い感覚で楽しむことができます。
女の夢はやっかいだ
そんなとりとめもなく描かれたスケッチたちを、本書ではある程度共通したテーマに沿って集められており、特に恋愛と子どもに関するものが目立ちます。
- 「救いたいし 救われたいし 大変よ もう」(本書86ページ)
- 「あなたが自由にできるかどうかは 私の自由」(同101ページ)
- 「お礼といっちゃなんだが 今日はグリンピース食べてあげる」(同131ページ)
- 「なかよくなるために何十年もかけられるなんて 家族ってゼイタクね」(同145ページ)
などなど、著者らしい視点でのどかなイラストとともに言葉が紡がれています。
ここで一度台無しにしてみる
ネガティブだと著者本人が語るように、後ろ向きな言葉が多いのも本書の特徴。しかしそれをナンセンスで覆うスケッチは読後のクスリとした笑いを添えます。
- 「瞬間最大ため息」(本書61ページ)
- 「かなしみをよろこびに変える特殊なバクテリアが体内に住んでいます」(同151ページ)
- 「人生で棒を振る」(同191ページ)
さらに、
- 「さあ考えて?あなたは今何をしなきゃいけないの?ホラホラ」(同161ページ)
- 「オレはどーしたらいいんだ」(同185ページ)
- 「ボクは何すればいいの?」(同186ページ)
まるで焦っているような言葉が数多くあり、著者の心理が表されているようです。
さいごに人を動かすのはファンタジーである
なぜならこれらは出版することを考慮していないものであり、描いた当時に先の見えない状態だった著者のネガティブさが示されていると考えられます。しかしスケッチを世に出すことをきっかけに絵本作家・ヨシタケシンスケが誕生したわけで、本書はその意味で重要な位置を占めているといえるでしょう。
「坂道だってグングン登るポジティブモーター搭載!」(本書199ページ)のように(空回りでも)ポジティブな言葉を書いてみたりするのは著者なりの防衛反応なのかもしれませんが、今となっては読者に対するメッセージとして意味合いが違ってきたようでもあります。(Re)
「しかもフタが無い」ヨシタケシンスケ 著 ちくま文庫 880円(税込)