文体の舵を取れ

 「ゲド戦記」シリーズで子どもにも知名度のある作家、ル=グゥイン。その特徴は文体が起こすリズム感にあります。彼女が手掛けた小説の書き方指南本、それが「文体の舵を取れ」(以下、本書)です。

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「闇の左手」、書くのは苦手?

 本書は、ファンタジーだけでなく「闇の左手」などSF作品も手掛けた作家が「ル=グゥインの小説教室」の副題の通り、創作に必要な知識を詰め込んだものです。途中に練習問題を挟んで実践的な内容となっていますが、原書が英語のため文法的な部分に関しては限界があります。

 とはいえ「言葉のひびきこそ、そのすべての出発点だ」(本書22ページ)とあるように、著者にとって文章に必要なのはリズムや音色であり、それを妨げる要素の払拭こそが文章、おいては創作の上達につながると考えているようです。

カメラを動かすな!視点の問題

 そんな要素の一つが物語を語る視点の問題。一人称で語るか、三人称で語るか、そしてだれの目線を用いるか、本書では同じ物語を視点の違いで書き下ろす例を提示していますが、それらがごっちゃになると非常に読みにくい作品になる要因であり「書き手に自覚と理由、そしてそれを制御する力がなくてはならない」(本書132ページ)と念を押しています。

 もう一つの要素が「情報のダマ」。「SFもファンタジーも、(中略)読者が知る由もない情報を、たくさん伝えないといけない」(同170ページ)がゆえに、話を遮って延々と設定を語るような「情報のダマ」を作ることなく読者に世界観を理解させなければならないのです。

言語を飛び越えたリズム感

 先に述べた通り翻訳書である以上、著者の思う通りに情報を日本人に伝えられるかどうかは難しいところ。しかし本書に収録されている著者のセレクトした例文は、マーク・トウェインやヴァージニア・ウルフなどそうそうたる傑作が用いられ、そのリズムの巧みさが感じられます。

 もちろん翻訳である以上、原文そのままにニュアンスが伝わるものではありませんが、タイトルに訳者名が併記されており、彼らによって再構築された文章は著者の意向に沿ったリズム感あふれるものであります。その意味においては著者がすすめる名文ガイドの側面もあるのでしょう。

オンラインという上達への道

 本書の最後に、創作の質を高めるために同士で集まる合評会についての記述があります。そこでは「オンラインでの集まりを結成したり(中略)することは、大きな意義を持ちうるもの」(本書219ページ)とあり、本書の原書出版が2015年ということを考えれば、SF作家らしい先見の明かもしれません。

 本書は文章講座に類するものですが、どちらかといえば著者の文章に対する思想を表明するものとして読めます。そして訳者がそれを極力そのまま伝える翻訳をするにあたっての取り組みがあとがきに掲載され、それも含めて楽しめるでしょう。(Re)

「文体の舵を取れ」アーシェラ・K・ル=グゥイン 著 大久保ゆう 訳 フィルムアート社 2200円(税込)

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