世の中には質が高くとも忘れ去られてしまう作品が多くあります。復刻版が発売されながら近年では入手が難しくなった「混淆世界ボルドー(1・2)」(以下、本書)も、埋もれさせるには惜しい作品と見ていいでしょう。
(本記事は1990年から発行の単行本を参考にしている旨、ご了承の程を)
リアルロボットブームの中に現れたロボットファンタジー
本書は80年代に雑誌で募集したアニメ企画をもとに漫画化したものです。著者はのちに「ミクロマン」のデザインを担当する市川裕文。独自の世界観で人気を博したものの、掲載誌の休刊により5部構成を予定されていたなか2部までしか単行本化されませんでした。
あらすじは、高校生の主人公カズマがとある事情で地球からは見えないもう一つの月・ボルドーに転送され、そこで行方不明だった父がボルドーにある一国の王に収まっているのを知る。カズマは父に命じられ、国の守護神とされる巨大ロボット・ブランゼラーの搭乗者になる…といったところ。
Fly me to the another moon
本書の舞台となるボルドーは、いわゆるヒロイックファンタジーというよりはSFの古典「火星シリーズ」に近い世界観で、「竜神兵」と呼ばれる巨大ロボットがいる一方、獣人や悪魔も存在するまさに玉石混交の世界。さらに時代を問わず地球からの転送者がいるため、現代の軍人や侍も並行して住んでいるのです。
それゆえ国家が乱立し、ボルドーの均衡を保つため定期的に戦争が行われています。そのため一定のルールでの戦いが重視されますが、その勝敗を決するのが竜神兵同士による一騎打ちなのでした。本書1巻ではガルテン公国との戦争が、2巻では天空の国・ジョガを舞台にカズマたちの冒険が描かれます。
ご唱和ください、「其は、死せり!」
竜神兵に搭乗するということは、自らの闘争心を竜神兵に注ぐということ。「ブリィ」と呼ばれ国民に親しまれるブランゼラーも、戦いとなれば闘争心に反応して別人格を形成、鬼神のごとき勢いで戦場を駆け抜けていきます。そしてボルドーには魔法が存在し、物理法則を理解できるだけの知性があれば人間だけでなく(当時はまだメジャーな言葉ではなかった)いわゆるAIですら魔法を扱える設定でした。
それはブランゼラーも例外ではなく、眷属とした悪魔を剣に変え戦うこともあり、さらに2巻終盤で披露する必殺兵器のハチャメチャさはまさに理屈を超えるカタルシスをもたらします。それだけに、2巻冒頭の(ラスボスになったであろう竜神兵)バウギャザーやブランゼラーの生みの親、プリーゼル・ドランが思わせぶりに登場した伏線が回収されなかったのが惜しまれます。
巨大ロボットを登場させるための異世界
本作が成立したのはヒロイックファンタジーが日本に根づく前の80年代。著者としては巨大ロボットを活躍させるための舞台として設定したボルドーではありますが、当時異世界を舞台としたロボットアニメは「聖戦士ダンバイン」「超時空世紀オーガス」くらいしかなく、先見の明がうかがえます。
先にあげた戦争が定期的に行われる世界設定やアメコミ好きの著者らしい濃いめの絵柄もあってか、受け入れられるには至らなかった本作ですが、緻密な設定や独自のデザインなど現在のファンタジー作品に受け継がれている部分も見いだせるでしょう。(Re)
「混交世界ボルドー(1・2)」市川裕文 著 バンダイ(初版)880円(1巻・当時)980円(2巻・当時)