テレビゲームができなくなる年齢というものはあるもので、少し前までよく遊んでいたのに、最近はほとんどする機会がなくなっているのです。
暇はあっても金がなかった若かりし頃は、休日となればゲームショップや量販店におもむき、ワゴンセールに突撃していたものです。
そこはいわばクソゲーの巣窟。その中から値段相応のゲームを発掘し、家に帰って自らの選択の正しさをかみしめることこそ至上の喜びとしておりました。
「超クソゲー1+2」(以下本書)は、そんなワゴンセールの常連だったであろうクソゲーを紹介した本であります。

伝説のクソゲー本、再び
「超クソゲー」は1998年に出版され、いわゆるクソゲーをゲーム愛あふれるツッコミをいれてレビューし、人気を博しました。のち2000年に2冊目を出版、その頃には追随するようにクソゲーをテーマにした本が数多く出回り、ちょっとしたブームになりました。本書は3冊目の出版に合わせ、前2作を一冊に再編集したものです。
クソゲーとは、どこかがおかしいゲームである
本書におけるクソゲーは、だいたい三種類に分かれています。
1. システムがおかしいゲーム
たとえば、クリアできないほど難易度が高かったり、致命的なバグがあったり、普通に遊べないような作りのゲームがこれで、一般的に言うクソゲーとはこのタイプのゲームです。本書で紹介されているゲームでいうと、
- 洋ゲーらしい難易度の高さで某ゲーム雑誌のランキング最下位となった「ソードオブソダン」
- 独特なシステムを取り入れたおかげで当時の子供からそっぽを向かれた「バンゲリングベイ」
などが挙げられます。
2. 見た目がおかしいゲーム
ビジュアルはもちろん、設定やマニュアルなど、表面的なところで異常なゲームがあります。ただ、ゲームシステムはまともだったりするので、異常なところを受け入れれば十分遊べるゲームも多いです。本書で紹介されているゲームでいうと、
- マイケル・ジャクソンがプロデュース、という時点で普通のゲームになりようがなかった「マイケルジャクソンズ ムーンウォーカー」
- 原作では戦わない設定の魔女っ子が爬虫類系の敵と戦う「魔女っ子大作戦」
などが挙げられます。
3. 評価されないのがおかしいゲーム
クソゲーが存在した80年代末〜90年代というのは、ゲーム市場が豊かだった時代でもあります。そこには、日の目を見ることがなかった傑作ゲームが数多く作られていました。本書は、そんなゲームも紹介しています。本書で紹介されているゲームでいうと、
- 強化服に身を包んだ選手(隠しキャラは赤ちゃん)が疾走するレースゲーム「ランニング・ハイ」
- ファミコン以前のゲーム漫画「ゲームセンターあらし」の続きが読めるノベルゲーム「ノベルズ〜ゲームセンターあらしR〜」
などが挙げられます。
「超クソゲー1/2 」の間違いでは?
…と紹介してみましたが、オリジナルを知っている者からすると正直物足りないところがあります。
「超クソゲー」シリーズが他のクソゲー本と一線を画する所として、先ほど述べたように隠れた傑作ゲームを紹介するところにあります。ただ、本書に関してはツッコミどころの多いクソゲーに重きを置いているようで、隠れた傑作の本数が少ない様子。あっても洋ゲーだったりしてどうにも地味な感じが否めません。
「『超クソゲー』シリーズの衝撃をギュギュッと濃縮!」(本書オビより)などと書かれていると、「濃縮どころか出がらしになってるよ!」と本書のようにツッコミたくもなります。
- 人気おもちゃを原作としながら、あまりにも理不尽な作りで多くの子供にトラウマを与えた「トランスフォーマー コンボイの謎」
- 「しんぱい入りません!」「オススメRPG」など、ツッコミどころが多すぎる縦スクロールRPG(!)「里見の謎」
など、非常に謎な作りのメジャークソゲーを押さえているので、「超クソゲー」入門編としては十分な一冊であります。
クソゲーの屍を越えてゆけ
初代「超クソゲー」が出版されてから20年以上が経ち、ゲームを取り巻く状況も様変わりしました。前世紀のゲームはレトロゲームとなり、名作はダウンロード版で遊べるけれども、クソゲーが顧みられることはありません。
しかし、現在あるゲームの礎になったという意味では名作もクソゲーも等価値だと思います。今だからこそ本書には、ゲームの可能性が広がった時代の一側面を記録したものとして、価値があるのではないでしょうか。
「超クソゲー1+2」阿部広樹・箭本進一・多根清史 著 太田出版 952円+税
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